遊☆戯☆王デュエルモンスターズGXの第176話、「絆を守りしもの レインボー・ネオスVSクリアー・ヴィシャス・ナイト」
感想です
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朝起きれずに録画をさっき見ていました。
いよいよ真なるダークネスとの決着ですな。
オネストは果たして無事に元キングになれるのか!?<どんな期待だよ
死によって忘れられる
記憶や思考そのものがないので、そこで両親にもんくをいうのは甚だ筋違いじゃないだろうかと思うんですが藤原君。
たとえば、両親を死に至らしめた何かがあって、ソレを憎むとか、死そのものを憎むとか、そういうんならまだいいんですが、
なんで両親になっちゃったのか。別に忘れたくて忘れたわけでもないでしょうに。
そこはダークネスの陰謀が?
忘れられるぐらいならこっちから忘れてやるよ!!
なんといえばいいのか。
ダークネスの境地、無我を求めるのなら、それは正しい論理なのですが、なんだか無意味は復讐という気がしてなりません。
(「無」意味こそ、ダークネスの求めるところかもしれませんけれど)
忘れるということはしそういうことなので、忘れたことに対するン憎しみもなくなるわけで。
憎んだこと自体がなくなるので。それなら何で忘れたのか問い湯ことになるわけで。
また、忘れた方は忘れているわけですから、かつて見知っていたことも覚えていないわけで、なんで憎まれるのか?とか思われるわけで。
復讐、やり返す以上は、相手になんらかのマイナス感情を抱かせてこそなのに、忘れているので別段お前に忘れられても・・・と困るだけなのでは。
とかとか。
なので、別の誰かに、同じ体験、誰かに忘れられるということをさせるしか、鬱憤を晴らす余地が無いと。
そのために藤原君は行動を起こしたのではないだろうかと。
オネストに怒って欲しかったんじゃないかなとか。
ずっとおぼえているなんて健気なこといわないで、どうして忘れるんだ!!って。
自分と同じ思いを味わって欲しかったんじゃないだろうかと。
まあ都合欲どおりが通るわけもなし、オネストは良い子なのでこういう結果になってし合ったわけですが。
真のダークネス
全てを無に返す。その意味を、ダークネスも解っているということなんでしょうか?
無というのは、極端に言えばダークネスですらないということで。
もっとも、何もないことなんてありえないし、そもそも、無があるともいえつので、完全な0というのはもうビッグバン以前にしか求めることは出来ないのではないだろうかとぼんやり考える。
いや、ダークネスはあくまで全てがダークネスになるという目的の元にいるから、無を求めているわけではないのか。
全てを単一の闇の中へ。
怖いのは、だからといてダークネスが得をするかといえば別段何も無いということか。
十代とヨハンの友情に付いては、今更なので今回はこれで(笑)
レインボー・ドラゴンが相変わらず神々しくて良かったですよ。
以下公式より。あらすじです。
遊☆戯☆王デュエルモンスターズGX
第176話「絆を守りしもの レインボー・ネオスVSクリアー・ヴィシャス・ナイト」2008年2月27日本放送
だが、藤原は“絆や思い”などゴミだ、と言い放ち、さらなる攻撃を仕掛けてくる。
それは“属性重力アトリビュートグラビティ”を発動させ、相手の場に同じ属性のモンスターがいる場合、そのモンスターを攻撃しなければならないように仕向 けたのだ。
それによって、十代とヨハンのモンスターがお互いに戦わなければならないことに。
漫画

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